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help リーダーに追加 RSS 改めて問う「刑事裁判は何のため?」

<<   作成日時 : 2009/11/20 23:20   >>

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 最近は本当に何のために刑事裁判があるのか?という疑念を抱かざるを得ないような事態が相次いでいます。私が過去にも触れたのですが、讀賣新聞記事でも掲載されたように仙台の殺人事件被告人が「裁判員の負担しか考えていない、裁判員が入ると刑が重くなるに決まってるから裁判官裁判のほうが良かった」と不満を述べたり、自身の刑事裁判手続について市橋達也容疑者に「親に連絡してほしくない」とまで言わせたり、いずれも裁判員制度の存在そのものが大きな要因になっているのだから救いようがありません。
 また、本日報道がありましたが、横浜地裁で保護観察つき執行猶予判決を受けた元被告人が保護司への報告をせずに所在不明になっているという事態も起きています。保護観察制度全体への不信を招きかねない事態です。保護観察といえば、犯罪白書関連社説が大手、地方新聞でも結構取り上げられていて、裁判員裁判で執行猶予への保護観察つきが増えたことを歓迎しています。しかし、裁判員にさせられる市民にとって法律用語でもある「保護観察」など普通は知らないはずです。ですから、ほとんどの裁判員にとって、任務させられて訳も分からないまま評議室で「保護観察をつける方が良いでしょう」と裁判官に半ば誘導させられるまま保護観察をつけてしまうケースがほとんどだと考えられます。保護観察制度についてほとんど実態を知らない裁判員に保護観察をつけられるような、こんなやり方で判決を出される被告人はたまったものではないでしょう。
 仙台の裁判員裁判では被告人に「むかつく」と非難糾弾をした裁判員がいたことも話題になりましたが、この態度を事もあろうか被告人の弁護人が理解を示すという事態もありました。こんな人権感覚を持った弁護士に弁護されたのでは被告人にとって自らの立場を十分に守れないのは明白でしょう。改めて考えなければならないことですが、刑事裁判は「被告人の人権を守るための適正手続」が大原則です。これらの被告人の言葉を真剣に受け止めるのが法曹で仕事をしている方々の役割ではないのか?日本の裁判員制度は元々から成り立ち自体に「被告人のためというのではなく国民一般として重要な制度」という国会説明があったのだから話になりません。すなわち、法曹というより、権力全体が総与党化して近代憲法の大原則に違反する行為をやっているわけです。
 未だに法曹や権力全体、さらにメディアもその誤りを一切認めない態度ですし、金輪際彼らは誤りを認める態度に転向などしないでしょう。我々としてもそのことを前提にして彼らに臨むしかありません。彼らが絶対に誤りを認めないならどうするか?裁判員制度は絶対に認められないと考える被告人や容疑者を使ってまでも、無理やりでも「裁判員制度は間違っていた」と認めさせるしかありません。当然、総与党化した国内レベルでは公正な評価は不可能ですから、海外とも絡める必要があります。市橋容疑者事件では英国の助けも借りる必要もあるでしょう。

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