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help リーダーに追加 RSS 裁判員制度が日本を滅ぼす

<<   作成日時 : 2008/08/20 16:33   >>

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 本日は、6月末放映の朝まで生テレビに出演され、「法令順守が日本を滅ぼす(新潮社)」の著者でもある郷原信郎・桐蔭横浜大学ロースクール教授のコラム()から考えたいと思います。目的が何であるか考えることなく、とにかく法律があるからそれを守らねばならないという法令順守的ながんじがらめの思想がどれだけ弊害をもたらすか?という問題で、それが国家統治の根幹に関わる(コラム内では「刑罰権という国家の基本的機能」と表現される)「裁判員制度」に持ち込まれた場合にどんな事態が起きるか、想像しただけでも極めて恐ろしいものがあります。
 上記コラムで指摘した問題意識は、私がブログで批判してきた論点とかなり重なる部分がありますので中身について詳しくは触れませんが、私はコラムで指摘されているよりももっと恐ろしい問題が隠されていると考えています。まず一つに冒頭"組織内の人間は「この制度はダメだ」とは言えない"とありますが、その「組織」がどのレベルの大きさになっているかです。本当の「組織内」である検察・裁判所レベルの問題にはとどまらず、国会は全会一致だし、本来は組織外にある大手メディアもすべて推進派に取り込まれてしまいました。最近の弁護士内は批判的意見も多く出るようになってきましたが、従来は弁護士内でも賛成が多数派でした。すなわち、権力者・有識者といった広いレベルでの「組織」が究極なまでに肥大化してしまったがために、誰も「これはおかしい」と言えなくなってしまったのです。
 「誰もダメと言えない」問題は、この国にある悪しき伝統も絡んできます。国民レベルでも「行政は信頼できる」「お上には逆らうべからず」という根底的思想があるがために、裁判員制度のようなおかしな法律でさえも「従うしかない」というムードが作られています。しかし、最も重大なのは、「官僚は間違いを犯さない」という官僚自らの思想です。仮に国が誤りを犯したとしても自らの責任を最小限にとどめる形、そして法律的には間違ってなかったという解釈をもって解決しようというのが彼らの根底的な思想です。私が何度も指摘していますが、典型例として挙げられるのが薬害肝炎訴訟で行政が自らの誤りを認めず、司法府も現行法では救済できないということで立法府が特別立法で救済したケースです。このケースを裁判員制度に持ち込めばどうなるか?内閣府法案を立法府が全会一致で成立させ、司法府が大いに宣伝するという手法では、誰も誤りを認められなくなってしまうのです。
 とにかく法律があるからそれを守らねばという考え方で社会が動いたとして、仮にその法律が「法的な意味で間違い」、すなわち憲法違反であったらどうなるのか?裁判員制度の違憲性については専門家間でも言われていますが、制度推進派が「裁判員制度の憲法違反性」を隠蔽する偽装工作をしてまで国民に押し付けるのは、日本という国は、国家統治の根幹に関わる法律において国家権力・メディア・日弁連といった権力者・有識者・専門家による総ぐるみで憲法違反を働いた事態を招き、この国の対外的信用にもつながりかねない深刻な事態に陥ることを何としても回避したいためです。「がんじがらめの法令順守思想」の問題点はここにも現れています。
 それにしても、国家統治の根幹に関わる大掛かりな「裁判員制度」を、権力者・有識者総与党化で作ったがために、今度はこの法律によって「法令順守思想」にがんじがらめになった権力者・有識者が振り回される事態です。こんな事態で最も不幸を被るのは、何も知らない間に恐ろしい法律が作られ、気づいたときにはこの法律に「NO」と言えない状態にさせられた、本来は主権者であるはずの国民です。

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